6.アニマルコミュニケーション
真の意味と意義

ー 感覚を取り戻す ー

「言葉を尽くしても分かってもらえない」
家族や職場で、そんなことを思ったことはありませんか。動物たちの方が、お互いの意思が誤解なく伝わるコミュニケーションをとっています。これは、何故か?人間と動物の伝え方の違いを知ることで、私たちが失いかけていた「感じる力」を取り戻すヒントが見えてきます。

私たちは知識を酷使し「言葉」を組み立てても、相手と完全に分かり合うことは不可能だと認知科学ではいっています。それは、私たちが進化の過程で「感覚する」ことを決定的に失ってしまったためです。だからこそ「言葉を持たない動物」との対話が、現代の私たちに必要だと考えます。

アニマルコミュニケーションの語源は、「Animal(生命・魂)」+「Communication(共に有る)」からきています。その意味は「動物との会話」ではなく、「生命を共有する」ということです。

この章では、人間同士、そして動物同士のコミュニケーションの特徴を比較しながら、なぜ私たちが今、ペットの気持ちを知り、動物と話す(生命を共有する)必要があるのか、その本質的な意義について述べていきます。

「スレ違う」人間のコミュニケーション ー 人間が手にした「思考」の代償 ー

コミュニケーションの行き違い。その原因は、伝え方や聞き方の問題ではないです。それは「言葉で完全に分かり合うことはできない」という、人間の進化に伴う特性だと考えられます。

言語の進化:「ダイレクトな感覚」から「思考を挟む記号」へ

なぜ言葉で完全に分かり合うことができないのか。その理由は、人類が「言語」を進化させてきたプロセスに大きな原因があります。

人類の言語の始まりは、身体の感覚と直結した「音(オノマトペ)」だったと考えられています。熱いものに触れたら「アッ!」と叫ぶように、そこには思考を挟まないダイレクトな感覚の共有がありました。

しかし人間は、目の前にないものや、未来の出来事を仲間に伝えるために、言語を進化させました。「熱い」という感覚を、「火」という抽象的な「記号」に変換するようになりました。

この「感覚を記号化する」という進化によって、私たちは複雑な社会を築くことができました。しかしその代償として、私たちのコミュニケーションには、必ず「この意味は?」と自分の頭で変換する『思考』のプロセスが挟み込まれるようになりました。純粋な感覚を直接渡すのではなく、一度「思考」というフィルターを通すようになった時点で、元の感覚が相手に伝わることはなくなりました。

独自の「思考のクセ」がすれ違いを生む

この「思考(記号化)」というフィルターこそが、すれ違いの原因です。私たちは誰もが、これまでの経験や環境によって作られた「独自の視点(思考のクセ)」という、それぞれ色の違うサングラスをかけて世界を見ています。

例えば:「片付ける」の基準
例えば、夫の「片付けたよ」という言葉。テーブルを拭いて満足する夫と、掃除機までかけるのが当然の妻。同じ言葉でも、見ている基準が全く違いますよね。これまで生きてきた環境や経験で作られた独自の視点を通すため、私たちはすれ違ってしまいます。

相手を理解しようと自分の頭の中で分析や推測(思考)をするほど、お互いの前提の違いが浮き彫りになり、主張を通そうと言葉を重ねるほどにすれ違っていく。これが人間同士のコミュニケーションのパラドックスです。

思考への偏りが「自分が存在している感覚」を奪う

私たちは進化とともに思考を発達させ、その代償として「感覚」を失ってきました。感覚の喪失とは、外部の世界(自然や他者)との物理的な接点を失うことと同じです。

具体例:google mapと歩く道
私はよくGoogleマップを使います。画面の「青い矢印」が正しい方向に進んでいるかばかりに注意が向き、足元の砂利の感触や、坂道の傾斜、その土地特有の川の匂いや生活臭といった「環境の特徴」には注意が向きません。目や鼻、肌からの生きた情報は無視され、その土地との物理的な接点を失っている状態です。

このように外部との関係が失われた結果、私たちは今、身体感覚や現実感が希薄になりつつあります。「自分が確かにここに存在している」という実感が薄れてしまっています。理由のわからない慢性的な疲労感や孤独感の原因は、この「感覚の喪失」にあります。

動物同士のコミュニケーション ー 感覚と言葉と行動が「ズレない」世界 ー

一方で、動物たちは、どのように分かり合っているのでしょうか。そこには、人間とは全く違うシンプルで確実な世界があります。

動物たちも「言葉」を操り、意味を創り出している

「言葉は人間だけのもの」ではないです。近年の動物言語学の研究では、多くの動物が独自の方法で「意味」を創り出し、社会を形成していることが明らかになっています。

哲学者のエヴァ・メイヤーは、著書『言葉を使う動物たち』の中で、動物は単に本能で反応しているのではなく、「自分たちの社会の中で、お互いに意味を創り出している主体(意味の作り手)」であると説いています。

例えば、鳥のシジュウカラの研究(鈴木俊貴准教授)
四十雀は、鳴き声を組み合わせて「文法」を操っていることが証明されました。彼らは「ピーツピ(警戒しろ)」と「ヂヂヂヂ(集まれ)」という音を組み合わせ、「警戒しながら集まれ」という明確な文章を作ります。彼らにとっての言葉は、単なる反射的な叫びではなく、社会を維持し、命を守るためのツールです。

伝えるのは「今、ここ」の事実

人間との決定的な違いは、「言語の目的」です。
動物たちの言葉は「今、ここ」にある具体的な状況と、生命の維持に直結する「事実」を共有するために存在しています。

人間は言葉という抽象的なシンボルを使うことで、現実から離れた場所へ意識を飛ばすことができます。しかし、動物のコミュニケーションは常に「現実」と一体です。彼らは、今の状況、自分の感情、そして仲間の行動を、切り離さずに「一つの大きな意味」として相手に伝えています。彼らの言葉は、常に「現状」の中にあります。

「思考」のフィルターがないから、解釈がスレ違わない

なぜ動物同士は、人間のようにすれ違わないのか。
それは、彼らのコミュニケーションに、人間特有の「推測」が混じらないからです。

人間は、相手の言葉を受け取った時、「あの人はこう言っているけれど、本当はどういうつもりだろう?」と、勝手な解釈(思考のフィルター)を加えてしまいます。しかし動物たちは、聞いた言葉や感覚に対して推測や分析を挟みません。

動物たちの言葉は、聞いた瞬間に「全員が同じ行動をとるための合図」としてダイレクトに機能します。「警戒して集まれ」という音は、そこにいる仲間全員にとって、解釈の余地がない「現実的な事実」として共有されます。

動物たちは、世界を「言葉による解釈の対象」としてではなく、自分自身が生きる「場」として把握しています。そのため、そこに人間のような「独自の視点(思考のクセ)」によるズレや誤解が入り込む隙間がなくなります。

ペットは何故、飼い主の気持ちが分かるのか? ー 「分かる」と「共有」の違い ー

「動物たちは、テレパシーを使って飼い主の気持ちを読み取っている」

これは生物学者でもあるルパート・シェルドレイクが、多くの検証をもとに著者「あなたの帰りがわかる犬」で言っていることです。

言葉がなくても「共有」しているから伝わる

動物と一緒に暮らしている方なら一度は、ペットの行動に「私の思っている分かってる?」と思ったことがありませんか。

例えば:姿を隠す猫
「今日は獣医さんに行かなきゃ」と心の中で思っただけで、まだ通院用のキャリーケースを出していないのに、愛猫がサッと何処かへ隠れて姿を消す。そして、「今日は獣医さんは無理だぁ」と諦めると知らないうちに姿を現す。

ペットがなぜ、飼い主の行動を予測できるのか。それは、空気を読んでいるのでも、言葉を聞いているのでもなく、飼い主の「病院に連れて行く」という思い(感覚の波)を、リアルタイムで「共有」しているからです。彼らは人間が退化した「感覚」が保持されているため、アニマルコミュニケーション(『生命=感覚』の共有)ができるのだと、推測されます。

人間と動物の「分かる」の違い

一方、私たち飼い主も、長く一緒に暮らしている動物の表情や行動を見れば、「あ、今お腹が空いているな」「散歩に行きたいんだな」と大体の意味が分かります。

ですが、人間の「分かる」は動物の「共有」とは全く違います。

私たちが行動を見て「分かる」というのは、これまでの経験から「こうに違いない」と頭の中で分析している「推測(思考)」です。あくまでも自分個人の頭の中で完結しており、動物と感覚を共有して「分かった」わけではないのです。

章のまとめ ー 今ここから、未来を創造する ー

人間は思考を巡らせることで進化し、動物は感覚と事実を生きることで命を繋いできました。それぞれの世界で完結している私たちが、アニマルコミュニケーションを学ぶことにどんな意味があるのか、章のまとめとして考えたいと思います。

まずは、本章で解説した、それぞれのコミュニケーションの特性をを振り返ってみます。

1.人間同士のコミュニケーション
私たちは人間は、進化の過程で「思考」を手に入れた代償として「感覚」から切り離されました。感覚をなくした結果として、お互いの前提がすれ違い、分かり合うことができなくなりました。

2.動物同士のコミュニケーション
動物たちは、「今、ここ」の事実と感覚から言葉を発し、それに基づいた行動をします。コミュニケーションに一切のすれ違い(ズレ)がありません。

3.ペットと飼い主のコミュニケーション
ペットたちは飼い主の感覚を「共有」して、飼い主を「理解」します。一方、私たち人間はペットの行動を見て、自分の頭で推測して、ペットを「理解」します。動物と人間の「相手のことが分かる」は、大きな違いがあります。

アニマルコミュニケーションは、「世界を感覚する(生きる)」動物と、「世界を理解しようとする(思考する)」人間の架け橋になります。

動物の感覚は常に「今、ここ」に留まり、人間のように未来を夢見ることはありません。一方、人間の思考は「今、ここ」を離れて自由に働き、常に先へ先へと「未来を創造」する力を持っています。

私たちは、未来を思考する生き物として、この文明を発展させていく役割(人間らしさ)を持っています。しかしその思考は、頭の中だけの空想ではなく、地に足のついた「現実の生活を豊かにする視点(感覚)」から出発しなければならないと考えます。

アニマルコミュニケーションを、今の時代に学ぶ意義。それは、私たちが失いかけた「生きている実感ー感覚」を取り戻し、人間としての「今ここから未来を創造する」役割を全うするためだと、考えます。

次章では、アニマルコミュニケーションを日常の生活や仕事に実際り入れている人たちの様子を紹介しながら、人間と動物の関わりの今後について推察していきます。